大阪高等裁判所 昭和33年(ラ)176号 決定 1960年6月21日
三和相互銀行
理由
記録によると、抗告人は原決定のいう甲乙丙の各公正証書の正本に執行文の付与を受けた上、これに基く相手方に対する強制執行として原決定添付別紙(一)記載の金銭債権の支払に充てるため、同別紙(二)記載の金銭債権の差押命令及び取立命令を申立てたところ、原決定は(イ)右公正証書は、いずれも各分割弁済の期日を一回若くは二回経過した後、かかる期限到来の分を含めて公証人が当事者から嘱託を受けて作成したものであり、この作成の日以前に弁済期の到来した分に付ては未払であるか否か証書上確知できないので、各証書作成嘱託当時の残債務額は不明であつて、結局証書上表示された給付義務の金額は一定していないものであり、(ロ)更に甲証書に付ては三名、乙証書に付ては二名、丙証書に付ては四名の各保証人が主債務者と連帯して債務を履行する責に任じ、之を履行しないときは強制執行を受けても異議がない旨受諾の意思を表示しているが、これらの保証人が右証書作成嘱託以前に期日の到来した債務に付てまで、執行受諾の意思表示をしたとすれば、之は単に過去における債権者に対する私法上の意思表示の内容を表示したものであつて、民事訴訟法の要求する執行受諾文言に該当せぬものであり、又(ハ)若し右各証書作成以前に期限の到来した債務が支払済であるとすれば、債務者等はかかる証書が作成されることにより、少なくとも一旦は過払を強制されることも容認しなければならない結果を生ずるので、以上の三点から考えて、各証書はいずれも民事訴訟法第五五九条第三号所定の債務名義としての要件を具備しないものであるとして、之に基く抗告人の強制執行の申立を却下したものである。
しかしながら、分割払債務に付公正証書の作成が約定され、その作成に必要な書類が取交され、その後若干の分割払期限を経過したあとで、既往の債務を含めて公正証書の作成手続がとられることは格別異とするほどのことではないのであつて、この場合には一応証書記載の債務が残存しているものと認定するのが相当である。従つて万一一部の分割払が履行済であるとすれば、原決定の謂うように一旦は過払を強制される場合も無いとは謂えないけれども、かような場合は請求に関する異議或は不当利得返還請求その他の救済手続をとり得るのであつて、このことの故に直ちに、かかる公正証書が債務名義としての要件を欠くとの結論を導き出すことはできない。又いわゆる執行受諾の意思表示に付て考えてみても、それはもとより公正証書作成嘱託の際同記載の債務総額に付て公証人に対してなされるものであるから、若し既往の分に付一部弁済があつたとすれば、この部分について執行をすることは不当であること前に説明したとおりであるけれども、このことと執行受諾の意思表示の効力とは全く別問題であつて、このことのため執行受諾の意思表示がその全体にわたつて効力がないとか、或は過去における債権者に対する私法上の意思表示の内容を表示したものと見るべきではない。
以上のごとく原決定が本件各公正証書を以て債務名義としての要件を具備しないものと判断するに付て掲げた三つの理由はいずれも失当であるから、之に基く強制執行の申立を却下した原決定は不当で、本件抗争は理由がある。